再点検!カスタマーエクスペリエンス(CX)の 良質化に必要なモノとコト -
マーケティングの領域では一般用語となりつつある「CX(Customer Experience:カスターマーエクスペリエンス)」。「顧客体験」と和訳されていますが、日本語では直観的に理解しにくい言葉であるため、時折いくらかの誤解が見受けられます。そこで本稿では、CXとはそもそも何であり、その良質化に向けて何が必要とされるのかについてあらためてご紹介いたします。
CXとは何なのか
CXとは「Customer Experience(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験)」の略称であり、製品やサービスを通じて顧客が体験することの総称でもあります。特定の製品・サービスに対して顧客が「心地良い」「便利だ」「使いやすい」、あるいは「また使いたい」と感じれば、その製品・サービスは良質なCXを提供していることになります。
例えば、同じ商材を扱っているeコマースサイトでも人気の高いサイトとそうではないサイトがありますが、その差を生んでいる大きな要因の一つはCXの良し悪しです。具体的には、人気の高いサイトはたいていの場合「目的の商品がすぐに見つかる」「簡単に買える」「注文した商品がいつ届くのか、どこにあるかが簡単に確認できる」「配送がそもそも早い」「返品が簡単」「サイトのレスポンスがいい」「カスタマーサービスの対応が良い」「自分の購買履歴に応じて特別な割引サービスを提供してくれる」といった良質なCXを提供しています。同様に、機能・価格がほぼ同じでも人気の高い製品は「使い心地が良い」「壊れにくい」「サポートサービスが充実している」「自分のしたいことが簡単にできる」といった良質なCXを提供しています。
CXの良質化が求められる理由
CXという言葉自体は最近になってよく使われるようになりましたが、ホテル・飲食・小売を含むサービス系の業界ではもともとCXが差異化の源泉であり、それを起点にビジネスモデル全体が組み立てられてきたといえます。
ホテル業を例にとれば、どのホテルも基本機能は同一で、それは「人に寝泊まりする場所を提供すること」です。そうしたホテル業の中で違いを生んでいるのは、ターゲット顧客にどのようなCXを提供するかの戦略です。その戦略を中心に施設・部屋の作り、施設の設置場所、設備のあり方、サービスのあり方、さらにはサービス担当者の言葉遣いやユニフォームに至るまでが決められてきたといえます。また、小売・飲食の業界においても、ターゲット顧客のCXを中心に店舗における雰囲気・居心地の演出、接客のあり方、販売する製品の種類・品質、さらには顧客に製品を届けるスピードなど、事業モデルのほぼ全てが決定づけられてきたといえます。
このようにサービス系の業界ではCXが常に事業モデル・事業戦略の中心に置かれています。ゆえにCXの良質化は同業他社との差異化を図り、市場での競争優位を確立するための基本施策であり続けてきたわけです。
近年では、金融・保険、さらには製造など、さまざまな業界でCXの良質化が大きなテーマになっています。理由は、それらの業界では、製品・商材自体で同業他社との差異化を図ることが難しくなっているからです。とりわけ、製造業の多くの企業が、テクノロジーの発展とコモディティ化の急速な進行により、製品の機能・性能だけで競合他社をリードし続けることが困難になっています。製品自体での差異化が難しくなると、差異化のポイントが製品価格のみとなり、コスト競争という出口の見えない戦いの渦に巻き込まれがちになります。それを避けるためにも、製品そのものの機能・性能・品質を高く保つだけではなく、製品を購入した顧客にどのような体験を提供するかに視点を置き、その良質化に力を注ぐことが必要とされているのです。
CX良質化の方策とデータ活用
では、CXを良質化するには何をどうするのが良いのでしょうか。
まず考えられる一つは、製品・サービスを使う顧客が何を目的にその製品・サービスを使うのか、また、それによってどのようなニーズを充足したいのか、あるいは、解決したい課題は何なのかを把握することです。
例えば、みなさんも、評判の良いビジネスホテルに滞在して自分のしたいことやしなければならない仕事が簡単に、快適に行えることに心地良さを感じた経験があるはずです。それは、そのホテルが自分たちのサービスを使う顧客の目的やニーズを理解し、それにもとづいてCXを設計しているからです。小売業にしても「生活者はなぜ、その店舗(あるいは、eコマースサイト)で、その商品を購入しようと思うのか」の理由を把握できなければ、どのようなCXを提供するのが適切かは分かりません。
製造業でも「なぜ、顧客はその製品を使うのか(ないしは、選ぶのか)」の理由を把握することが、CXの設計・良質化に向けた出発点となります。そのことを示す分かりやすい例として、ヘルスメーター(体重・体脂肪計)が使われます。ヘルスメーターを購入・活用する生活者の目的は自分の体重・体脂肪を正確に計測することにありますが、その先には自分の健康のために「体重・体脂肪を減らしたい」「増やしたい」「適正に保ちたい」といったニーズがあるはずです。そうしたニーズを含めて顧客の目的をとらえ、その達成をサポートする機能・性能、製品に付帯する仕組み・サービスを設計し、強化を図ることがCXの良質化につながっていくわけです。
顧客の目的やニーズを把握する上で重要になるのがデータの収集・活用です。とりわけ今日では、ニーズが多様化しており、変化のスピードも増しています。ゆえに企業は、市場の変化、顧客の変化を常にとらえながら顧客に提供するCXの良質化を恒常的に図っていかなければなりません。それには、顧客データの即時的な収集と分析を行う一方、データの分析結果にもとづきながら施策のPDCAサイクルを回していくことが重要となります。というのも、データの分析結果を起点にCXの施策を立案・遂行しなければ、その施策が失敗しても成功しても、それらの理由を科学的に割り出すことができず、感覚値や経験即に頼らざるをえなくなるためです。
ビジネス的に成功を収めてきたホテルは、良質なCXを提供し続け、顧客の支持を集めてきた企業の代表例といえますが、そうしたホテルの一つであるリッツ・カールトンの創業者であり、ホテル業界では伝説的な経営者となっているホルスト・シュルツ氏も、自身の著書『伝説の創業者が明かすリッツ・カールトン~最高の組織をゼロからつくる方法』(発行:ダイヤモンド社)の中で、直感のみに頼った経営は長続きせず、顧客満足度を高く保つ上でもデータを活用し、顧客ニーズの変化をとらえ続けることが必要不可欠であると説いています。また、会員制などを敷き、顧客データを単に収集・蓄積しても、それを使って施策の強化を図らなければ意味はないとし、次のように語っています。
「顧客が企業に対して持つロイヤリティ(忠誠心)は、 すべて、 その企業の継続的なパフォーマンス次第だ。~中略~ お客様の期待に応え続け、強化し続けない限り、お客様を本当に自社に囲い込むことはできない」
さらにシュルツ氏は、データによる顧客理解を促進するにはデータ収集の段階から戦略性をもって取り組むことが大切であるとも指摘しています。まとめれば、良質なCXによって市場競争での優位性を保ち続けるためには、戦略的にデータを集めて、活用することが不可欠であるというわけです。
CXの良質化は、サービス系の業界のみならず、さまざまな業界の企業にとって生き残りをかけた重要な経営課題となっています。それはすなわち、業界に関係なく、顧客データの戦略的な収集と活用の能力を向上させなければならなくなっているということです。