アパレル業界のDX動向 - 顧客のロイヤリティを高めるオムニチャネル戦略の今を捉える -
アパレル小売の市場では、DXの競争が過熱しつつあります。実店舗のみならず、SNSや自社のeコマース(電子商取引)サイトなど、さまざまなデジタルチャネルを駆使して顧客のロイヤリティを高め、市場での地歩を固めようとしています。
アパレル小売市場の現在地
経済産業省(以下、経産省)の統計によれば、日本のアパレル小売市場は2019年の時点で10兆9,880億円と、およそ11兆円の規模があります。
ただし、過去30年間の市場規模推移を見ると、1991年の15兆2,760億円をピークにダウントレンドとなり、2015年から2019年の5年間を捉えても、市場は縮小傾向にあるのが現実です(図1)。
1990年代の経済バブル崩壊以降、日本経済は低成長時代に突入しましたが、それに併せて少子高齢化・生産年齢人口減少も進行しました。その影響により、アパレル商品を含む消費材市場全体は縮小を余儀なくされ、消費材を扱う業界の各社は厳しい戦いを強いられてきたといえます。また、そうした日本市場においては、過去5年間、外資系大手アパレルチェーンの撤退も相次いでいます。
図1:アパレル小売の国内市場規模推移(単位:10億円)
出典:経産省「2019年商業動態統計年報」
伸びるアパレル小売のeコマース市場
経産省の調べ(*1)によると、2019年におけるアパレル商品(衣類・服装雑貨など)のeコマース市場規模は1兆9,100 億円となり、対前年比で 7.74%伸びています。また、2019年までの5年間のデータを見ても、アパレル商品のeコマース市場は、文字通り右肩上がりで伸び続けています。
図2:アパレル商品のeコマース市場規模推移(単位:億円)
(経産省の統計データを元に編集部で作成)
そうしたなか、eコマース特化型のアパレル小売業の売り上げも拡大し、例えば、ファッション通販サイトZOZOTOWNを運営するZOZOの売上規模は、2019年度(2020年3月期)において1,255億1,700万円と、2015年度からの5年間で2.3倍に膨らんでいます。
かつて、衣料品などのアパレル商品は、実際に触れたり、試着したりすることで購入の是非が判断されるものであり、オンラインでの販売には不向きとされていました。しかし、それは遠い過去の話です。実際、経産省によれば、日本の消費財eコマース市場において、アパレル商品のeコマース市場が最も規模が大きいそうです。言い換えれば、インターネット(オンライン)は、今や、アパレル商品の販売チャネルとして十分に機能しており、このチャネルでの商品の販売力・訴求力を高めたり、顧客体験(CX)を高度化したりすることは、アパレル小売の事業者にとって重要な成長戦略になっているということです。
*1 参考:経産省『令和元年度 内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業 報告書(電子商取引に関する市場調査)』/令和2年7月公表
アパレル小売に見るデジタル戦略のトレンド
上述したような市場背景から、近年、アパレル小売業界の多くの企業が、eコマース事業やデジタル戦略に力を注ぎ、eコマースでの販売力強化やデジタル戦略の強化を経営戦略の柱として掲げています。また、新型コロナウイルス感染症の流行により、実店舗での対面接客が制限された結果、アパレル小売企業の多くが業績を悪化させています。そのこともeコマースやデジタル戦略を強化しようとする動きに一層の拍車をかけているようです。
以下では、そうしたアパレル小売のデジタル戦略のトレンドを、「店舗体験のデジタライゼーション」「オムニチャネル戦略の展開」「マーケティングの変革」という3つの切り口で概観してみます。
店舗体験のデジタライゼーション
店舗体験のデジタライゼーションとは、デジタルテクノロジーを駆使して、実店舗でアパレル商品を選び、購入するのに近い体験を顧客に提供する試みを指しています。
先に触れた通り、アパレル商品のeコマース市場は、他の消費材のeコマース市場よりも大規模になっていますが、店舗体験のデジタライゼーションは、その成功要因の一つとされています。
店舗体験デジタライゼーションの一例は、顧客の写真や持ち物の写真を使って仮想的な試着や採寸のサービスを提供するというデジタル施策です。こうした施策によって、eコマースでアパレル商品を購入する抵抗感を少なくしようというのが、アパレル小売に見られる特徴的なデジタル戦略の一つとなっています。
また近年では、実店舗よりも簡単に、オンライン上でオーダーメイドの衣類が注文できるサービスや、顧客の登録データやスタイリストの評価データを基にしながら、AI(人工知能)が顧客にとって最適なスタイリストを選び・アサインするユニークなサービスを提供する企業も登場し、注目を集めています。
オムニチャネル戦略の展開
現在、アパレル小売の多くが、実店舗とeコマースサイトを一体化させるオムニチャネル戦略に力を注いでいます。これは、実店舗とeコマースサイトの顧客データやポイント(インセンティブ)制度などを一元化・共通化して、顧客に一貫したサービスを提供するという戦略です。
顧客データを、オンライン店舗を含む全ての店舗間で一元化することで、例えば、実店舗とeコマースサイトにおける顧客の購買履歴や行動データを収集して分析し、個々の顧客への理解を深めることが可能になります。それによって、個々の顧客に対して、より的確でタイムリーな販促施策を打つという狙いも、各社のオムニチャネル戦略にはあるようです。
オムニチャネル戦略と併せて会員制を敷き、実店舗とeコマースサイトが一体となったサービスやインセンティブの提供で顧客を囲い込み、顧客の生涯価値(LTV)を高めようとする動きも活発化しています。ちなみに、会員制で先行するアパレル小売の中には、すでに1,000万人の会員を獲得しているところもあります。
実店舗とeコマースサイトの販売管理・在庫管理システムや物流システムを共通化して、eコマースサイトで購入した商品の実店舗での受け取り・返品を可能にしたり、実店舗で購入した商品の自宅への配送を可能したりといった施策の展開も、多くのアパレル小売で実践されています。
マーケティングの変革
アパレル小売の多くはすでに、eコマースサイト、メール、SNSなど、オンライン上のさまざまなタッチポイントを通じて、生活者に対する自社のブランド・商品の販促活動や啓発活動を展開しています。
その中で、近年になって注目を集めているのが、店舗のスタッフがインスタグラムなどを通じてファッション情報を発信し、フォロワーを集めて、自社ブランドの売り上げアップに貢献するという、個人の力を活用したマーケティングスタイルです。
アパレル小売の世界では、以前から“カリスマ店員”がファッションリーダーとなり、多くのファンを店舗に集めるというマーケティング施策が展開されてきました。今日では、その施策がSNS上で展開され、影響力を増しているわけです。その効果に注目したアパレル小売の中には、個人のインスタグラムのフォロワー数を、店舗スタッフの採用の指標として使い始めているところもあるようです。
以上、アパレル小売業界におけるデジタル戦略のトレンドを概観しましたが、そこには大きく2つの方向性があることが分かります。
アパレル小売に見られる、デジタル戦略の方向性の一つは、生活者の自由な商品選択を、デジタルテクノロジーを使いながらサポートするというものです。
実店舗とは異なり、eコマースサイトでは“陳列する商品”の点数にほぼ限りがありません。その特性を生かしながら、生活者の嗜好やライフスタイルに合致した商品選びを、可能な限り簡単に、楽しく、快適に行ってもらうための仕組みを、デジタルテクノロジーを駆使して構築し、生活者ニーズの多様化に対応しようというのが、アパレル小売におけるデジタル戦略の一つの方向性といえます。また、オーダーメイド商品の注文をオンラインで受け付け、対応するというのも、顧客の自由な選択をサポートするデジタル戦略です。
こうした戦略を展開し、顧客の要求に沿った商品を素早く届けて、なおかつ、商品在庫を適正化するためには、生産システムが“マスカスタマイゼーション(特注品の大量生産)”に対応した仕組みでなければなりません。その実現にもデジタルテクノロジーの有効活用が進められています。
もう一つの方向性は、データを起点にした生活者の徹底的な理解に基づいて、サービスを設計して提供し、生活者を囲い込むというものです。そのための手段の一つとして、顧客理解に基づく良質な顧客体験(CX)を提供するという施策が展開されています。
2つの方向性をもったデジタル戦略が追求しているのは、ニーズをさまざまに変化させる生活者との強い繋がりを維持することといえます。
実のところ、こうしたデジタル戦略、ないしはデジタルトランスフォーメーション(DX)の戦略は、消費財メーカーなど、生活者、あるいは一般消費者をターゲットにビジネスを展開するB2C企業に共通して見られる戦略です。
B2C企業が、そのデジタル戦略をどのように遂行しているかの手法にご興味のある方は、本サイトの資料『顧客理解を深める3つのCDP活用術』も併せてご参照ください。