失敗しないDXの始め方 - デジタルによる変革を軌道に乗せる四つの基本ステップ -
市場での企業競争力を維持・強化するために、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する必要があると感じているビジネスリーダーの方は多くいらっしゃいます。その一方で、DXを推進する方法が分からず、DX実現に向けた初めの一歩が踏み出せずにいる方も少なくありません。そこで、DXプロジェクトを立ち上げ、軌道に乗せるステップをご紹介します。
ステップ①DXが失敗に終わる理由を知る
「失敗は成功のもと」とされますが、何事においても失敗に学ぶことは、次の成功に繋がる大切なプロセスです。特にDXのような新しい取り組みは、初期の段階でうまくいかない場合が多く、失敗の積み重ねによって経験値を高め、成功に結び付けていくことが大切とされています。
とはいえ、失敗の確率を可能な限り低減させることも重要です。そこで、DXに着手する際には、他者の失敗に学ぶことから始めるのが大切といえます。
では、DXが失敗に終わる要因にはどのようなケースが考えられるでしょうか──。
まず、よくある失敗の一つは、「DXを目的化してしまい、顧客不在の戦略を立て、遂行してしまう」ことです。顧客のニーズがないところでDXの施策を打ったところで、成功することはまずありません。
また、「DXを推進する組織が、各事業部間の意見の食い違いを調整できず、なかなか取り組みが立ち上げられない」というケースも珍しくありません。
このほか、DXプロジェクトの立ち上げ当初から、壮大な計画を立案・遂行しようとして、「PoC(概念検証)は繰り返すものの、失敗が自社に与えるダメージの大きさから、慎重になり過ぎ、市場での実践に踏み切れない」こともあります。
もう一つ、DXの失敗要因として挙げられるのは、「経営層や意思決定者の理解が得られず、取り組み自体が立ち上げられない」ケースです。理解が得られない理由としては、「DXの目的・ビジョンの不明瞭で意思決定者が良否を判断できないこと」や「DXの戦略と会社の戦略とのズレが大きいこと」「顧客のニーズや課題に対する理解が足りないこと」「投資対効果が曖昧なこと」などが挙げられます。
DXの取り組みを始動させるうえでは、以上に示したような失敗をしないよう、入念にプランを立てることが大切です。
ステップ②顧客中心の戦略・ビジョンを描く
DXの目的として何を設定するかは企業の自由であり、各社の成長・発展の戦略によるところといえます。ただし、事業を変革し、企業競争力を高めようとする企業が取り組んでいるDXは「デジタルテクノロジーによる新たな顧客価値の創造」です。
仮に、新たな顧客価値の創造をDXのゴールとして設定するならば、自社の事業モデル(ないしは、バリューチェーン)を俯瞰的に捉えながら、新たな顧客価値を生むためのデジタライゼーションの戦略・ビジョンを明確に描くことが、DXに取り組む際の実質的な第一歩となります。
言い換えれば、自社の事業モデルやバリューチェーンを見つめながら、どの部分のデジタライゼーションを行うと、新たな顧客価値が創造できるのか、あるいは、どのようなサービスを立ち上げると、顧客にとっての自社の製品/サービスの価値が高められるかを考え、それに基づいてDXの戦略・ビジョンを定めるということです。
例えば、図1は、コンシューマ向けの製品を扱う完成品メーカーの一般的なバリューチェーンを抽象化したものです。
図1:コンシューマ向け製品を扱うメーカーのバリューチェーン
そうした中で、新たな顧客(最終顧客)価値の創造に向けた戦略・ビジョンを具体的に描くことが、完成品メーカーが最初に遂行すべきDXの取り組みとなります。つまり、デジタルを使って最終顧客との直接的な繋がりをどう確保・強化していくのか、また、データを活用して顧客理解をいかにして深めていくのか、そして、新しい顧客価値をどう創造していくかの戦略・ビジョンを策定するということです。
今日では、生活者が自社の製品を購入するのはなぜなのか、あるいは、どのようなコトを実現・体験するために自社製品を購入しているのかを考え抜いた上で、コトの実現・体験をサポートする新たな付加価値サービスをデジタルテクノロジーによって創造し、オンラインを通じて生活者に提供することが、完成品メーカーによるDX戦略のトレンドの一つになっています。
一方の小売業者であれば、生活者が、自社の店舗にどのような体験を求めているのかを徹底的に考えながら、顧客価値を高めるデジタル戦略を想起するのが、DXを始める際の第一歩といえます。
ステップ③施策の優先順位を決める
以上のように、自社の事業モデルやバリューチェーンを俯瞰しながら、新たな顧客価値の創造に向けたDXの戦略・ビジョンが描けたとします。
このとき、描いた戦略・ビジョンを一気に実現しようとするのは賢明とはいえず、失敗の確率が高いDXの進め方となります。
DXは新商品の開発プロジェクトとは異なり、息の長い継続的な取り組みです。描いた戦略・ビジョンを施策・ロードマップに落とし込み、小さく始めて試行錯誤を繰り返し、成功体験を積み上げながら、新しい顧客価値の創造へと歩を進めていくことが重要です。
とはいえ、DXの取り組みを進める中で、効果がなかなか上げられないでいると、新しい顧客価値の創造という最終的なゴールにたどり着く前に、取り組みに待ったがかけられる恐れもあります。そこでDXの施策の中から、短期間で効果が上げられそうな施策(Quick Win施策)を選び、そこから着手するのが良策といえます。
例えば、小売店舗チェーンが、顧客データをもとに全店舗の顧客体験を良質化するDXの取り組みを遂行する場合には、以下のような手順で施策の具体化と優先順位付け、戦略・ビジョン実現に向けたロードマップを策定していきます。
(1)簡易データ分析によるファクトの抽出:現有の顧客データや販売データをクイックに分析し、新たな店舗体験の創出や評価につながるファクトを抽出する
(2)ワークショップを開き“良質な店舗体験”を定義:店舗のスタッフを巻き込んだワークショップを開き、良質な店舗体験を定義し、施策を具体化させる
(3)施策の優先順位付け:施策を「効果(インパクト)の大小」と「実現に要する時間の長短」の2軸を使い4つに分け、インパクトが大きく、実現に要する時間の短い施策を、優先度が最も高い施策(Quick Win施策)として選ぶ
(4)ロードマップの策定:施策の優先順位付けに従って、戦略・ビジョンの実現に至るまでのロードマップを策定する
図2:DX施策の分類
ステップ④データ統合基盤の構築に着手する
ここまでの記述を読み、データ統合基盤の構築というステップが抜けていると思われた方もいるはずです。データ統合基盤は、DX施策を策定するうえでも、施策展開後にデータを蓄積し、活用する上でも必要不可欠なツールであり、DXの戦略・ビジョンを描き、その推進が決まったらすぐに構築に乗り出すべきものでもあります。
その構築には、顧客に関するあらゆるデータの収集・統合が行えるCDP(Customer Data Platform)を活用するのが良策です。
CDPを使うと、顧客理解に必要とされるさまざまなデータを収集して、統合し、活用できるようになります。具体的には、CDPを使うことで、部門ごと、製品・サービスごとに散在している顧客の属性データや行動データを顧客単位で統合化することができます。これにより、自社と顧客との関係性や自社に対する顧客のニーズ、さらには、顧客は何をトリガにして自社の商品・サービスを購入するのかといったインサイトが把握・獲得できるようになります。
ここで留意すべき点は、上でも触れた通り、CDPによるデータ統合基盤の構築を始める前に、DXの戦略・ビジョンを明確に描いておくことです。つまり、DXの戦略・ビジョンに則ったかたちで、どのようなデータをどう活用するかを定めた上で、データ統合基盤の整備・構築を進めることが大切であるということです。目的が不明確なままにデータを収集して一元管理するだけでは、データの有効活用は図れません。のちのデータ分析・DXの施策展開までを視野に入れて全体を設計し、基盤構築を進めることが重要です。